2017年11月14日火曜日

用事があって、新宿にいく。テープレコーダーに録音した世界史のテープを聞いてる。
啓蒙主義について。ヴォルテール、ルソー、ウルストンクラフト、聞き慣れた名前たちが耳の中に入ってくる。脳の中の細胞が、水の中の微生物のようにエサを求めて動き始め、血流がよくなっていくのを感じる。

光の中を歩いていると、世界に愛を感じて生きることはとても簡単なことに思える。
苦しみや悲しみは感じたことのないものかのようにどこか遠くに言ってしまう。
地面から沢山の手が生えてきて、自分の足を引っ張ろうとするような、あの地獄のような悲しみや苦しみが、まるで自分の無縁のものように思える。

だけど闇は影をひそめながらも、私をじっと見つめる。
「お気楽な人間だな。自分がそこから離れてしまえば、それとは関係のない世界の住人にすぐになってしまうんだから。」

 鬼たちのひそひそ話が聞こえる。私が闇の中に転げおちて、また助けを求めるのをひそやかに待っているよう。助けを求めて手を出しても、きっと今度は助けるつもりもないのだと思う。私が静寂の中で死んで溶かされていくのを、大喜びで見つめるにちがいない。「形のないものを信じようとした罰だよ。」なんていいながら。

 形のないものを信じようとすれば罰を与えられる。

 それを信じたことがない人たちが、それを信じることを禁じるから。
 それはきれいごとであり、理想であり、「真実」ではないと。
 
 あららおかしなことをいうのね。と私は思う。だって、私には形のないものしか見えないから。私には形が見えないから。世界は二分されていくのを、いつも私は黙って見つめながら考える。形を賞賛する人間と、それに違和感を感じる人間。だけど私の目に見えるものをそれが見えない人が否定するのはおかしなことだといつも思う。人参を美味しいと食べる馬に、いくら肉をおすすめしても、馬はキョトンとすると思う。生きる感覚はその人にしかわからず、見えているものや感じていることは、その外側にいる生き物のはわからない。だからお肉を進めてきたら、私は人参の美味しさを知らないのね。と憐れみの目で見つめてやる。

2017年11月11日土曜日

カニエウェストがエレンのトークショーで自分が世界をよい方向へ導くことができると長いスピーチをしているところを見る。それからカニエの奥さんでもあるキム・カーダシアンがパリで強盗にあい、銃を突きつけられてから「すべてが変わった。私はまるで違う人。もう、物質的なものを人に自慢したいなんて思わない」と話すのを見つめる。

それからキム・カーダシアンをジェニファーローレンスがインタビューして、よりそいながらも密かに彼女をバカにする言葉を混ぜ込む様子を見つめる。

 一人一人は自分の正しさを主張しているのに、口から溢れ出す言葉に何か矛盾のようなものを感じてしまい、心のドアがしまっていくのを感じる。「それはだめです。」

 その中で私が好きだったのはウッディアレンが、ダイアンキートンが賞を受け取る前に紹介するスピーチの動画。相手をよくみつめ茶化しながら描写していく感じに愛を感じる。


   

2017年11月7日火曜日

アメリカの高校の世界史の教科書をインターネット通販で買った。分厚い、辞書のような教科書。読んでみると、とてもわかりやすい。科学革命のあたりから読み始める。
説明の仕方が、日本の教科書と全然違う。歴史を一つの物語として描く。

日本の教科書には流れがあまりない。事実を書き並べているだけで、流れの描写にかんしてはかなりおざなりな印象。アメリカの教科書は、かなり分厚いけれど、読んでいて楽しい。これとバートランドラッセルの哲学の教科書を一緒に読んでいけば、理解を深めれそうな気がする。

友人の知り合いということで知り合った男の子が下北沢のオトノマドで買って好きでリピートして聞いてたCHRIS WEISMANと友人だということを知る。あ、いいなって思って、コピーをとって古着屋さんに持って行ったくらい好きだったから。Message from Work というアルバム。

思わず、その男の子にメールをしそうになる。私は偶然がとても好き。


嵐が過ぎ去ってから天気がとてもいい。私も、つられてご機嫌に。(なんて、単純なのだろう)インターネットの制限解除をしてから作業をしながら適当に動画をかける。アメリカのコメディアンの動画を中心にみてみる。

DAVID LETTERMANが、パリスヒルトンや、リンジーローハンに刑務所に入った経験について聞こうとした時に、彼女たちが居心地の悪そうな顔をする動画がとても好き。



朝起きて、今まではすぐに科学の勉強をするのが好きだったけど、
今は朝起きてすぐに漫画を描くのが好き。漫画家になりたいなんて思ったことないのに、
なぜか書いてるととても楽しい気持ちになる。

朝起きてすぐに小説を書きたいと思ったらあなたは小説家と、どこかのトレンディドラマでいってた。朝起きて科学の勉強をすぐにしたい私は科学者で、
朝起きて漫画を書きたい私は漫画家で、朝起きて、何もしたくない私はフリーター。
朝起きて、散歩に出かけたい私は犬。でカメラを持って出かければ写真家。


そういえば、金原ひとみの小説の続きを池袋の喫茶店で読んでみたけれど
まったく共感しなかった。退屈な気持ちになり、となりの男の子たちの話に耳をすます。
「早く博士課程いきたいよ。6年で論文一本かけばいいんだよ?最高だよ。なんだかんだでさ、大学は忙しいじゃん。でもさ、博士課程はきっとボーっとできる気がするんだ」

私は金原ひとみの本を開きながら「ボーっとしたいなら社会人になってもできるよ!」
と応援してあげたい気持ちでいっぱいになった。





2017年11月5日日曜日

さて、やる気がみなぎる日。日記代わりに、四コマをかく。
ここではないどこかを愛するのではなく、今、ココを。愛する。

現実批判に奔走するマスコミを見つめがら、私はSELF RIGHTEOUSNESSが嫌いなのだと
気がつく。自分は何も悪くない、悪いのは現実。そう感じてるように思えて「オエオエ、キモチワルイ」なんて思う。現実が醜いのは私たちのせい。空が青いのもポストが赤いのも私たちのせい。秋が短くなり、すぐに冬になってしまうのも私たちのせい。花粉が世界に満ち溢れて、くしゃみばかりしているのも私たちのせい。大好きな古着屋さんが閉店してしまったのもきっと私たちのせい。きっとすべては私たちのせい。

だけど、私はそれでも現実がとても好き。ここではないどこかを羨望の眼差しで見つめる人生から解放されたことが嬉しい。

だけどすべては偶然の重なりでたどりついた場所。だから私は偶然に感謝しないと。
 朝、起きる。風はとても強く、お天気はとてもよい。昨日は久しぶりに近くのエジプト料理屋さんでマトンカレーを買って帰ってきた。インターネットで
 Amy Schumer とエレンの対談を見てみる。エイミーがカリフォルニアに住めば?と聞かれて「私はカリフォルニアには身体があわない。私の腕は、カリフォルニアだと足だとみなされてしまって。。」と話していて笑ってしまう。

 私は笑うのがとても好き。

 ドアはランダムに開く。目の前にある無数のドアが、ふと瞬間に開いたりする。
 だけどドアをくぐって中に入っていくと、突如行き止まり。とおせんぼ。
 「ここから前には進ませません。」

 「あらそうなの?」
 
 私は扉をあけたりしめたりするのが苦手で、いつも心を全開に開いて、世界を歩く。
 頭をポンポンと撫でてくれる人がいたら、しっぽはパタパタとゆれる。
 
 だけど、そこに支配欲や、独占欲を感じると、すぐに逃げ出したくなる。
 私は自由が好き。自由、自由、自由、自由の中でひなたぼっこをしていたい。

2017年11月4日土曜日

I wake up in rage, I am thoroughly dissatisfied with this world. Most people are dead without noticing that they are dead, or they live like charlatans.
And instead of giving, love makes demands. those who show us affection expect us at least to satisfy some of their needs. Telling lies brings remorse. And not to lie is a gift the world does not deserve.